風・空・そして愛

 一般的には「やまがたすみこ」の認知度はさほど高くないだろう。しかし、他の
アーティストの作品にコーラスで参加するなど、スタジオミュージシャンとしての
活躍が盛んなので、ご存知の方もいらっしゃるに違いない。アニメファンには「世
界名作劇場・南の虹のルーシー」(1982年)の主題歌などをを歌った人物としてお
馴染みかも知れない。

 そもそも彼女は、正統派カレッジフォーク最後のシンガーと言っていいだろう。
1973年に発表されたこの1stアルバムは、まさにその「雛形」である。
 カレッジフォークとは「みんなの愛唱歌」とほぼ同義かも知れない。フォークと
いっても、プロテスト・ソングのように直接的な強いメッセージ性を帯びた「尖鋭的
フォーク」とは一線を画す。
 例えばそれは愛、友情、歓び、「信じ合う」ということ。屈折しないポジティブな
テーマがそこにはある。勿論、どこまでも優等生的なこの雰囲気を毛嫌いする向き
も当時から少なくなかった。
しかし今改めてこのジャンルに耳を傾けてみると、思いのほか心地よさを感じるで
はないか。厭味のようなものは全く感じられない。純粋さが新鮮ですらある。

 このジャンル、先達には「日本のジョーン・バエズ」こと森山良子がおり、彼女の
存在が誠に印象的だ。しかしこのカレッジフォークの世界には、やまがたすみこの
愛らしい、澄んだ歌声もまた実に似つかわしい。彼女の歌唱法は、まさに正統派の
それである。口を大きく開けてハッキリと発声する。過剰な技術による余計な装飾
を極力排除した歌い方。学校で先生から教わった、まさにその歌い方を具現化して
いるようでもある。「歌のおねえさん的」とも換言出来ようか。

 いいではないか、彼女ならではのピュアな音楽世界が、その声によって紡ぎ出さ
れてゆく。こちらも一緒に歌いたくなる。そこは皆が友達になれる世界だ。

 しかし考えてみると、この歌唱法は早い話が「キッチリ」した歌い方だ。それは、
事によると鋭くなり過ぎるし、窮屈になってしまう。ところがどうだろう、彼女の歌に
度を越えた鋭さがあるだろうか?窮屈な印象を受けるだろうか?いや、その対極に
彼女は居る。この溢れ出る優しい感情はどうだ!真っ直ぐ正面からこちらを見つめ
てくれているような誠実で真摯なメッセージが、聴く者をドキリとさせる。彼女に魅
了される瞬間だ。
 また見事なことに、彼女の歌声は澄んでいながらも帯気音(息の漏れる音)を多
分に含んでいるために、キッチリ仕上げながらもふんわりとやわらかい印象を与え
る結果となっており、魅力を醸す効果を更に高めているのである。

 なお、自身のオリジナルである「風に吹かれて行こう」「あの人が好きなのに」は、
当時アルバムに先駆けてシングル発売されている。
日本コロムビアは、実に良心的なアーティストを世に送り出したものである。
 思うに、現在の音楽市場にあっては、こういった「正統派」シンガーの需要が非常
に少な過ぎる。
残された仕事場は、例えば童謡、あるいはNHK教育テレビジョン、これくらいか。

 どうやら「基本的」であることイコール「無個性」との解釈がまかり通っているようだ
が、「基本の王道」を行くことがいかに個性的なことか、彼女の歌声から今こそ気付
く時ではあるまいか。「価値観の多様性」を叫ぶ現代なら、なおのことである。

文・まさいよしなり
※ web.site「てなもんやサウンド笠」より転載

  
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